Hot Potato
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k-nakama:

以前に、
イギリスのガーディアン紙が発表した、
『世界で最も醜い建築物』という企画で、
イタリア・ミラノの、
「トッレ・ヴェラスカ(ヴェラスカ塔)」が選ばれた、
というニュースを読みました…。


なぜこれが1位なのか…。
その理由までは、
実際の記事を読んだわけではないので、
よくわからないのですが、
ネット上の紹介記事についているコメントなどを読んだ感じでは、
その個性的な外観が、
歴史的な街並に合わない、といったようなことが、
その理由のようでした…。


かなり昔のことになりますが、
私も、
ミラノを旅行したことがあります…。


その時に、
この「ヴェラスカ塔」を観たのですが、
個人的には、
結構いいなと思いました…。


なぜこれが、
「世界で最も醜い建築物」なのか…。


だいたい、ミラノは、
大聖堂周辺は、それなりに昔の雰囲気をのこしていましたが、
それ以外のところは、
かなり新しくなってしまっていて、
ほとんどの場所は、すでに、
とてもではないですが、
「歴史的な街並」といった感じではなかったように記憶しています…。


そんな中で、
この「ヴェラスカ塔」は、
高層建築でありながら、
どことなくレトロな雰囲気があって、
かえって風情があるように見えたりもしました…。


この「ヴェラスカ塔」を設計したのは、
BBPRという、4人の建築家グループです…。


BBPRというのは、
4人の頭文字から付けられたのだそうです…。


この4人は、皆、
1930年前後に、
ミラノ工科大学を卒業した人たちなのだそうです…。


この時期のイタリアというと、ちょうど、
ムッソリーニのファシスト党が独裁政権を樹立した頃です…。


イタリアの近代建築は、
ムッソリーニの唱える、
「栄光の歴史と近代主義」というスローガンに呼応し、
ファシズムに合流するような形で、
「イタリア合理主義」という独特の建築を生み出していたのだそうです…。


当時、他のヨーロッパ諸国でも興っていた新しい建築と、
イタリアの歴史的伝統とをつなぐ、
といったような理想を持っていたのだろうと思います…。


その後、
ファシズムという全体主義の流れの中で、
「イタリア合理主義」は、徐々に、
「合理主義」よりも、
「栄光の歴史」の方を、より重視した、
伝統的で、古典主義的なものへと傾斜していくことになり、
後に、
ファシズム政権の崩壊とともに、解体してしまいます…。


そんな中、
先の、「ヴェラスカ塔」を設計した、BBPRは、
古典主義的なものへと流れることなく、
一貫して、
機能主義、合理主義を追求していき、
徐々に、
ファシズムと距離をとっていくことになります…。


そして、
1938年に交付された、
「人種法(いわゆるユダヤ人隔離法)」をきっかけとして、
ファシストに対する一切の協力を拒否し、
「アンチ・ファシスト」の立場を鮮明にしていくことになります…。


しかし、
雑誌の誌面などで、ファシズム批判を行おうとしても、
ことごとく妨害されるなどの迫害を受け、
結局、
グループのメンバーのうちの二人がドイツの収容所に送られ、
一人は、そこで死を迎えることになったのだそうです…。


そして、戦後…。


1958年、代表作である、
この「ヴェラスカ塔」が完成します…。


ただ、この時には、
先のような事情で、メンバーの一人を欠いていたため、
正確には、BPRということになっていたのだそうですが…。


この「ヴェラスカ塔」は、
先に、「レトロな雰囲気」と書きましたが、
それもそのはず、
高層建築に、あえて、
中世の塔をモチーフとした、
歴史的な意匠をほどこしたといいます…。


1958年というと、
真四角でガラス張りの、
いわゆる「国際様式」の完成形とでも言うべき、
「シーグラム・ビル」が出来た年でもあります…。


当時世界中を席巻していた、「国際様式」の近代建築…。


しかし、
彼らは、あえてそれに挑戦するかのような、
独特の、歴史的・伝統的な雰囲気の、
「ヴェラスカ塔」を完成させています…。


戦前、終始一貫して、
合理主義的な建築をつくってきた彼らに、
戦後になって、ようやく、
世界が追いついた、というような状況になっていました…。


それにもかかわらず、
なぜ、やっと訪れた「彼らの時代」に対して、
あえて、
挑戦状を叩き付けるような建築をつくることになったのか…。


それが、
どのような変化によるものなのかは、よくわかりません…。


もしかしたら、
メンバーの一人を失うことになった、
戦前の活動を総括したかった、ということなのかもしれません…。


ただ、いずれにしても、彼らは、
戦前・戦中を通して、
常に、一貫して「アンチ」の位置に立ち続け、
さらには、
50年以上前に出来上がった建築が、
「世界で最も醜い建築物」の1位に選出されて、
今なお、世界の逆サイドに立っている、
というわけです…。


この、あきれるほどに徹底した「アンチ」っぷりには、
爽快感すら感じてしまうのでした…。


http://knakama.seesaa.net/article/388077178.html
k-nakama:

以前に、
イギリスのガーディアン紙が発表した、
『世界で最も醜い建築物』という企画で、
イタリア・ミラノの、
「トッレ・ヴェラスカ(ヴェラスカ塔)」が選ばれた、
というニュースを読みました…。


なぜこれが1位なのか…。
その理由までは、
実際の記事を読んだわけではないので、
よくわからないのですが、
ネット上の紹介記事についているコメントなどを読んだ感じでは、
その個性的な外観が、
歴史的な街並に合わない、といったようなことが、
その理由のようでした…。


かなり昔のことになりますが、
私も、
ミラノを旅行したことがあります…。


その時に、
この「ヴェラスカ塔」を観たのですが、
個人的には、
結構いいなと思いました…。


なぜこれが、
「世界で最も醜い建築物」なのか…。


だいたい、ミラノは、
大聖堂周辺は、それなりに昔の雰囲気をのこしていましたが、
それ以外のところは、
かなり新しくなってしまっていて、
ほとんどの場所は、すでに、
とてもではないですが、
「歴史的な街並」といった感じではなかったように記憶しています…。


そんな中で、
この「ヴェラスカ塔」は、
高層建築でありながら、
どことなくレトロな雰囲気があって、
かえって風情があるように見えたりもしました…。


この「ヴェラスカ塔」を設計したのは、
BBPRという、4人の建築家グループです…。


BBPRというのは、
4人の頭文字から付けられたのだそうです…。


この4人は、皆、
1930年前後に、
ミラノ工科大学を卒業した人たちなのだそうです…。


この時期のイタリアというと、ちょうど、
ムッソリーニのファシスト党が独裁政権を樹立した頃です…。


イタリアの近代建築は、
ムッソリーニの唱える、
「栄光の歴史と近代主義」というスローガンに呼応し、
ファシズムに合流するような形で、
「イタリア合理主義」という独特の建築を生み出していたのだそうです…。


当時、他のヨーロッパ諸国でも興っていた新しい建築と、
イタリアの歴史的伝統とをつなぐ、
といったような理想を持っていたのだろうと思います…。


その後、
ファシズムという全体主義の流れの中で、
「イタリア合理主義」は、徐々に、
「合理主義」よりも、
「栄光の歴史」の方を、より重視した、
伝統的で、古典主義的なものへと傾斜していくことになり、
後に、
ファシズム政権の崩壊とともに、解体してしまいます…。


そんな中、
先の、「ヴェラスカ塔」を設計した、BBPRは、
古典主義的なものへと流れることなく、
一貫して、
機能主義、合理主義を追求していき、
徐々に、
ファシズムと距離をとっていくことになります…。


そして、
1938年に交付された、
「人種法(いわゆるユダヤ人隔離法)」をきっかけとして、
ファシストに対する一切の協力を拒否し、
「アンチ・ファシスト」の立場を鮮明にしていくことになります…。


しかし、
雑誌の誌面などで、ファシズム批判を行おうとしても、
ことごとく妨害されるなどの迫害を受け、
結局、
グループのメンバーのうちの二人がドイツの収容所に送られ、
一人は、そこで死を迎えることになったのだそうです…。


そして、戦後…。


1958年、代表作である、
この「ヴェラスカ塔」が完成します…。


ただ、この時には、
先のような事情で、メンバーの一人を欠いていたため、
正確には、BPRということになっていたのだそうですが…。


この「ヴェラスカ塔」は、
先に、「レトロな雰囲気」と書きましたが、
それもそのはず、
高層建築に、あえて、
中世の塔をモチーフとした、
歴史的な意匠をほどこしたといいます…。


1958年というと、
真四角でガラス張りの、
いわゆる「国際様式」の完成形とでも言うべき、
「シーグラム・ビル」が出来た年でもあります…。


当時世界中を席巻していた、「国際様式」の近代建築…。


しかし、
彼らは、あえてそれに挑戦するかのような、
独特の、歴史的・伝統的な雰囲気の、
「ヴェラスカ塔」を完成させています…。


戦前、終始一貫して、
合理主義的な建築をつくってきた彼らに、
戦後になって、ようやく、
世界が追いついた、というような状況になっていました…。


それにもかかわらず、
なぜ、やっと訪れた「彼らの時代」に対して、
あえて、
挑戦状を叩き付けるような建築をつくることになったのか…。


それが、
どのような変化によるものなのかは、よくわかりません…。


もしかしたら、
メンバーの一人を失うことになった、
戦前の活動を総括したかった、ということなのかもしれません…。


ただ、いずれにしても、彼らは、
戦前・戦中を通して、
常に、一貫して「アンチ」の位置に立ち続け、
さらには、
50年以上前に出来上がった建築が、
「世界で最も醜い建築物」の1位に選出されて、
今なお、世界の逆サイドに立っている、
というわけです…。


この、あきれるほどに徹底した「アンチ」っぷりには、
爽快感すら感じてしまうのでした…。


http://knakama.seesaa.net/article/388077178.html
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subtilitas:

Architecten de Vylder Vinck Taillieu  - Het Toneelhuis offices, Antwerp 2009. Existing structure is chopped with mezzanine levels added in between, interventions are colored in red on both the interior and exterior to communicate the changes undergone during the renovation. Via, photos (C) Filip Dujardin 
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Architecten de Vylder Vinck Taillieu  - Het Toneelhuis offices, Antwerp 2009. Existing structure is chopped with mezzanine levels added in between, interventions are colored in red on both the interior and exterior to communicate the changes undergone during the renovation. Via, photos (C) Filip Dujardin 
subtilitas:

Architecten de Vylder Vinck Taillieu  - Het Toneelhuis offices, Antwerp 2009. Existing structure is chopped with mezzanine levels added in between, interventions are colored in red on both the interior and exterior to communicate the changes undergone during the renovation. Via, photos (C) Filip Dujardin 
subtilitas:

Architecten de Vylder Vinck Taillieu  - Het Toneelhuis offices, Antwerp 2009. Existing structure is chopped with mezzanine levels added in between, interventions are colored in red on both the interior and exterior to communicate the changes undergone during the renovation. Via, photos (C) Filip Dujardin 
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subtilitas:

De Vylder Vinck Taillieu - Belgrado loft renovation, Brussels 2013. Via, photos (C) Filip Dujardin.
subtilitas:

De Vylder Vinck Taillieu - Belgrado loft renovation, Brussels 2013. Via, photos (C) Filip Dujardin.
subtilitas:

De Vylder Vinck Taillieu - Belgrado loft renovation, Brussels 2013. Via, photos (C) Filip Dujardin.
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mpdrolet:

Nick Meek
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nostomaniac:

Nick Meek
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findlight:

Helen Escobedo, Summer Fields, 2008.
(Photo by Andy Hawkins.)
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icaronycteris:

Espacio Escultórico 
via AA
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2 Willow Road, Hampstead (1939)
Ernö Goldfinger
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maximalismus:

Bolderwagon (1918) by Gerrit Rietveld. © Victoria and Albert Museum, London